FC2ブログ

BEC BLOG

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

お笑い芸人たち

人を笑顔にさせるプロ

それが「お笑い芸人」の人たち

お笑い番組も好きでYoutubeで
移動中に見たりしていますが
やっぱりライブのお笑いは
TVよりも何倍も面白い!

久しぶりにヨシモトのライブに行ってまいりました!

博多華丸・大吉
テンダラー
ロザン
ハイキングウォーキング
ペナルティ
プラス・マイナス
辻本/アキSPユニット
ゆにばーす

などなかなか豪華な芸人さんたちの回でした。

皆さんどれも面白くて
短時間でたくさん笑わせていただきました。

またお笑いライブが恋しくなったら伺います!

| すごいと思う人 | 06:25 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

市原悦子

市原悦子と言ったら

まんが日本昔ばなしの声優
家政婦は見たの女優

が真っ先に出てきます。

1975年から94年まで
日本昔ばなしは1468話の声優をされたようです。

すごすぎる!

優しい声と個性あふれる演技
大好きでした!

ありがとうございます。
そしてご冥福をお祈りいたします。

| すごいと思う人 | 22:59 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

大門三郎

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181228-00000006-asahi-soci
より全文抜粋


イエーイ、いいことがありますように――。
神奈川県の平塚駅北口で平日のほぼ毎朝、通勤・通学で
行き交う人たちにエールを送る自称
「幸せ配達人」の大門三郎さん(69)が、
10年余りの活動に28日、終止符を打つ。
寒い日も酷暑の日も、なぜ立ち続けたのだろうか。

朝7時半ごろ、大門さんは自転車で平塚駅北口に乗りつける。
黄色のジャケットに紅白の縦じまズボンというど派手な衣装。
親指を立て、笑顔で「何があっても大丈夫!」

ホームや勤務先に急ぐ人の多くは無言で通り過ぎる。
「無視されて当たり前。
応じてくれる人が1%でも感謝です」


同じ指のポーズを返したり、笑顔で会釈したりする人も。
今月21日、スーツ姿の初老の男性が立ち止まり何か語りかけた。
大門さんと同世代で横浜の会社の役員だという。
「毎日やるのはすごいこと」。
経営が厳しいときも励まされたという。
恥ずかしそうに小さく親指を立てた女性(28)は
「いいパワーをもらっていると思います」。

大門さんは鹿児島県種子島出身。
高校卒業後、横浜で就職し、平塚でタイル職人になった。
独立し、好景気のなか仕事は順調だった。
しかし歌手になる夢が諦めきれず、
30歳でウクレレ漫談の牧伸二に弟子入り。
会社は弟に譲り、歌手デビューを果たした。

2008年9月、新曲「幸せじゃん」をPRするため平塚駅前に立った。
「頑張ってね」という市民の言葉が身にしみ、
お返しに始めたのが今のスタイルになった。
「朝行かないと、寂しい気がして」

持ち歌とものまねでショーやイベントに出演する傍ら、
独自の療法による治療院を営んだ。
妻の支えで2人の娘を育てた。

平塚の借家の契約更新ができず、
貸していた種子島の実家が空き家になるなどの事情が重なり、
故郷に帰る決断をしたという。

最後の28日朝は、平塚駅前でお別れのあいさつをする予定だ。
種子島でも「会う人、会う人に
幸せのメッセージを送りますよ」


ーーーーー以上ーーーーー

感謝の気持ちと行動が
誰かにパワーを与える。

この方はどこにいても
同じようなことをするでしょう。

私ももっと見習わなければ!

| すごいと思う人 | 18:31 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

フレディ・マーキュリー

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181223-00000006-pseven-ent&p=1
より全文抜粋


「きっとこの店を気に入ってくれたんじゃないかしら!?」。
そう弾むような声で、本誌・女性セブンの直撃に答えたのは、
世界有数のゲイタウンで知られる東京・新宿二丁目にあるバー
『九州男(くすお)』のママ・増田逸男さん(71才)。
そこにはバンド「クイーン」のボーカリスト、
故フレディ・マーキュリーが何度も足を運んだという。

累計観客動員数が390万人を越え、
興行収入は53億円を突破(2018年12月18日現在)。
フレディの送った壮絶な人生が描かれた映画
『ボヘミアン・ラプソディ』の勢いが止まらない。
当時を知る世代もそうでない若者も、
困難にぶち当たっても決して自分を曲げず、
信念を貫き通すフレディの激しい生き様に酔いしれている。
しかし、増田さんは、そんなフレディ像に違和感を覚えるという。

「映画ではわがままな面が目立つけど、
実際はとても紳士な人だったわ。
私、15才から欠かさず日記をつけているの。
彼とのことは昨日のように覚えてる」

フレディが初めて『九州男』に来たのは1985年5月。
伝説の音楽イベント『ライヴ・エイド』直前のことだった。

「第一印象はおとなしい普通の人っていう感じだったの。
平日で店は落ち着いていたから、じっくり話ができて…。
私、彼のこと知らないから“バンドマンなら歌いなさいよ”って言ったら“ごめん”って。
それで帰る時に“ステージで待ってるよ”って、日本での公演チケットをくれたのよ」

3日後、国立代々木競技場(東京)で行われたライブに足を運んだ増田さん。
最前列の特別席で、バーにいる時とは違ったフレディの迫力に圧倒されたそうだ。
楽屋へ挨拶に行くと、フレディは気さくに迎え入れ、一緒にお寿司をつまんだという。

その日のライブ終了後、フレディはまたしても『九州男』を訪れた。

「深夜の1時頃よ。その日は2人で一緒に大はしゃぎ。
お店をハシゴしちゃって、疲れていたはずなのに、
一緒に声を張り上げてアカペラで歌ったのよね」

増田さんは、少し顔を赤らめて“夜の続き”を語る──
帰ろうと店を出た増田さんの前には、一台のリムジンが。
フレディは増田さんを車内に誘った。

「ハイテンションの彼は、途中、“ヘイ、バンザイしろ!”と言ってきて。
2人して窓から体を出して、バンザイしたままホテルに入ったの(笑い)。
そのままホテルで飲んで部屋で夜を明かして…。
朝、疲れ果てて寝ていたフレディを起こさないように、静かに帰ったわ」

その後も、フレディは来日するたび、
増田さんの店を訪れたという。

「実際の彼は、すごく優しくて物静かで、
でも、私たちを楽しませようとしてくれた。
当時私は、クイーンの曲を1曲も知らなかったけど、
“誰も自分のことを知らない世界に行きたい”って言っていた彼は、
特別扱いをしないこの『九州男』を、
かえって気に入ってくれたのかもしれないわね」

映画では語られない一場面がそこにはあった。

※女性セブン2019年1月3・10日号

ーーーーー以上ーーーーー

映画がかなり人気のようで!

彼の歌は日本のCMでも何曲か使われていて
知ってはいたんだけどもファンになるレベルではなく
でも彼の生き様には感動と尊敬が湧いてきた。

生きていたら一度会いたかったな。

| すごいと思う人 | 10:48 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

西本とらゑ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181221-00000565-san-soci
より全文抜粋


神戸市中央区のJR元町駅近くの高架下で
60年にわたり営業してきた理美容店
「友利家(ゆりや)」が今月末で閉店する。

店主の西本とらゑさん(96)は、
阪神大震災による店の半壊を乗り越え、
「足を運び続けるお客さんのため」に切り盛りしてきたが、
自らの体調も考慮して引退を決めた。

閉店を前に多くの常連客らが店を訪れ、
西本さんとの別れを惜しんでいる。

西本さんは鳥取県若桜(わかさ)町出身。
20代半ばだった昭和23年に鳥取市で理容店を開業した。
店舗を5軒まで拡大させたが、
27年4月の鳥取大火で自宅と店4軒が全焼。
再起を期して兄らが暮らす神戸市に移住し、
長田区に店を構えた。

ただ、当時も今も珍しい女性ばかりの理容店。
「偏見の目で見られることが多かった」といい、客足は伸び悩んだ。
そこで理容師の講習会があると聞けば県外にも出向いてカット技術を磨き、
あいさつなどの接客も徹底。
次第に人気店へと成長し、神戸の高架下商店街に33年、
理容店「ユリヤ」(現・友利家)を開業した。

大半が女性スタッフの店はさらに人気を呼び、
最盛期の30年代末~40年代には神戸、大阪に12店舗を構えた。
西本さんは「店の前に若い男性の行列ができ、
昼食を食べる時間がないほど忙しかった」と懐かしむ。
経理担当が手形を持ち逃げして多額の負債を抱えるトラブルなどもあって、
店舗網は縮小したが、平成7年1月17日の震災が追い打ちをかけた。

店舗は壁の一部が落下し、床が隆起するなど半壊状態。
約1週間後、西本さんとスタッフ1人だけで店を再開した。
代金は受け取らないボランティア状態。
「自衛隊の給水車からペットボトルで水を運び、
ガスコンロで湯を沸かして洗髪した」という。

かき集めた約3千万円で店を改修し、
約半年後に本格的に営業を再開。
避難していたスタッフも常連客も徐々に戻ってきた。
開業当時からのスタッフ、道本光子さん(76)は
「お客さんに『よく生きていてくれた』と抱きつかれた」と振り返る。

来年1月で震災から24年。
改修した店も老朽化が進み、
散髪台12台のうち5台が使えなくなった。
今年11月20日には、店でハサミを握り続けてきた西本さんが、
心不全を発症して一時入院した。
「常連客から『辞めないで』といわれてきたが、
もう今しかないと思った」。
背筋は今もピンとしたままだが、きっぱりと引退を決断した。

11月下旬、店前に閉店を知らせる紙を張り出して以降、
寝耳に水の常連客が次々に店を訪れている。
30年近く店に通う神戸市西区の会社員、高岡秀介さん(54)は
「アットホームで心地良い場所だった。
人生の半分はこの店を利用しているので寂しい」と残念がる。

大みそかの閉店後、娘が暮らす静岡県へ移り住むという西本さん。
「多くの出会いに恵まれ、感謝の気持ちでいっぱい。
お客さんもスタッフも宝物だった」。
感謝の思いを胸に、最後の日まで店に立ち続ける。

ーーーーー以上ーーーーー

96歳の現役美容師さん!
そして今までお疲れ様でした!

私は96歳までとても現役でいれそうにはありませんが
本当に心より尊敬します!

ゆっくりと余生を楽しんでください。

| すごいと思う人 | 15:18 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT